バスコのLIFE GOES ON!

人生は40代からが楽しい!そう思える生き方を目指しています。

故なく失われた多くの人々の命にショパンが悲しく響く 戦場のピアニスト

f:id:Ta-Basco:20200104105714j:plain
 

2002年 フランスドイツポーランドイギリス

あらすじ

 ときは1939年。ナチスドイツがポーランドに侵攻してきていました。

 ウワディク・シュピルマンは、ポーランドの有名なユダヤ人のピアニストです。シュピルマン一家は、イギリスとフランスがドイツに宣戦布告をしたとの報道を聞いて、やがて平和が訪れるだろうと期待していましたが、ワルシャワはドイツに占領され、ユダヤ人迫害が急速に進められます。

 ウワディク達は、財産を没収され隔離区域への移住を強要され、少し前までの普通の暮らしが幻であったかのように、たちまち貧困に苦しめらるようになります。

 悪夢は続き、ユダヤ人達は列車に乗せられ強制収容所に送られるようになります。ウワディクも一家とともに列車に乗せられるところでしたが、寸前に彼のピアニストとしての才能を認めていた旧知の同胞に救ってもらいます。

 

 家族と別れ独り街に戻ったウワディクは、ドイツ軍の指揮のもと慣れない肉体労働を強いられます。仕事が終わった後には、ドイツ軍の気分で無作為に同胞が殺害されるという悪夢のような日々でした。

 このままでは座して死を待つだけだと考えたウワディクは逃亡し、旧知の非ユダヤの知人を頼ります。そして彼らが用意してくれた隠れ家で1年近く息を潜めて暮らしますが、やがて食糧が底をつきます。

 飢えに耐えられなくなったウワディクは、止むを得ず隠れ家から外に出て廃墟に身を潜めますが、食べるものも飲むものも残されていませんでした。飢餓に苦しむウワディクは、軍の拠点設置のために視察に訪れたドイツ軍将校ホーゼンフェルトに見つかってしまいます。死を覚悟しましたが、ピアニストだと告げると、予期せず廃墟にあったピアノを弾くよう命じられます。ウワディクのショパンはホーゼンフェルトの心に響き、命を救われるのでした。

 そして、戦争が終わりを迎えます。

 

感想・コメント

 実話とのことです。

 シュピルマンワルシャワでピアニストとして活躍し、88歳で天寿を全うした一方で、彼を救ったホーゼンフェルトは、1952年ソ連の捕虜収容所で死亡したと最後に記されます。

 当時の雰囲気を感じることができる高密度の重厚な映像が、この作品が傑作である証と言えます。

 人間をカテゴリに分類し差別することを統治の手法とすることが如何に非人道的であるか、改めて訴える作品です。このブログでも人種差別的な作品を多く扱っていますが、それは特に私が人道主義者というわけではなく、世界中で今もなお形は違えども、同じような問題が山積していることの現れだと思います。群集心理というものは、分かり易い価値判断に流れがちであることは万国共通のことです。私たちの社会でも同じような問題が生じないよう、特に明快で歯切れが良くて心地よく思える主張には気をつけたいものです。わかっていても同じ愚を繰り返すのも、また群集心理の真実なのですが。

 

 それにしても、監督のロマン・ポランスキーの人生も波乱万丈ですね。

ja.wikipedia.org

 このブログで紹介した人種差別をテーマとした作品の一部です。

 

www.basco.tokyo

 

www.basco.tokyo

 

www.basco.tokyo

 

www.basco.tokyo

 

www.basco.tokyo

 最後までお付き合いいただきありがとうございました。