2014年 カンボジア
ソポンは女子大学生。軍人である父親が決めた男性と近々結婚することになっていましたが、妻という抑圧を強いられる身分のために抜け殻のようになってしまい床に伏がちな母親の姿を見て、男尊女卑の思想に疑問をもっていたソポンは、それに素直に従うつもりはありませんでした。
ある日の夜、ソポンは駐輪場に成り果てていた元映画館で、古い映画が映写されているところに偶然居合わせます。なんと、その映画の主演女優は若かりし頃のソポンの母親ソテアでした。映画館の主ソカという年配の男性に尋ねると、その映画は「長い家路」と言い、自分の映画だが最終巻は現存しないと言います。ソポンは、母親がこの映画を観れば昔のことを思い出して元気になるのではと思い、ソカに娘の自分が主演となって失われたシーンを撮影しようと提案します。
大学の教授の力も借りて準備が進められ、いよいよロケが始まります。しかし、監督であるソカはロケ先でぼんやりと景色を見つめるだけで、心ここにあらずといった様子でした。
撮影終了を待たずソカはロケ先から姿を消し、独り映画館に戻ってしまいました。そんなソカがソポンに告白した事実は衝撃的なものでした。
ソカの本当の名前はベチアといい、「ソカ」はべチアの兄の名前でした。「長い旅路」はソカが監督を、べチアが脚本を担当していました。べチアは主演女優のソテアに恋していましたが、ソテアの恋人は兄のソカでした。当時はクメール・ルージュ体勢下にあって、ソカとソテアは強制労働所に収容されてしまいます。そして、ベチアの密告によって映画監督だったソカはクメール・ルージュに殺害されたのです。それからずっとべチアは「ソカ」を名乗って、やがてソテアと再会したら自分の思いを成就させたいと願っていたのです。
いよいよ映画は完成して上映会が開かれます。ソポンの期待どおり、母親は「長い家路」を観て昔の自分を取り戻してくれるのでしょうか。
ストーリーはあらすじよりもさらに複雑に絡み合います。クメール・ルージュによって多くの映画人(実際には文化人全般)が虐殺され、人生を狂わされました。
そして当時の惨劇は、立場は違えどもその時代を生きた人々の心に消えない傷跡を残しました。そういった自国の黒歴史を、若いソポンが「長い家路」という作品を通じて垣間見るという、大変意義のある作品です。
最後のエンドロールによれば、
クメールルージュ体制の4年間で人口の4分の1が殺された。300本撮影されていた映画のうち現存するのは30本のみ。多くの映画監督と俳優が殺害された。
とのこと。ときに法秩序など簡単に無視してしまう政治体制というものは怖いものだと考えさせられました。
映画業界が災難を被ったという系統では、「真実の瞬間」が似ていますが、こちらの方が遥かに過激です。
大量虐殺という系統としては、「ホテル・ルワンダ」が想起されます。この映画については、またの機会に。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。