バスコのLIFE GOES ON!

人生は40代からが楽しい!そう思える生き方を目指しています。

死んでも公務員辞めないから!マジで、ホントに! Viva!公務員

f:id:Ta-Basco:20200916133331j:plain

2016年 イタリア

 

あらすじ

 ザローネの父は、終身雇用と手厚い福利厚生が保証され、あくせく働くことなく悠々自適の毎日を送る公務員だった。そんな姿を見て育ったザローネもまた、父と同じ公務員になった。ザローネにとって公務員とは「公僕」ではなく、国から手厚い恩恵を受けられる特権階級以外の何ものでもなかった。

 そんな生活を満喫していたザローネの身に突然の不幸が襲った。大臣の改革の一環で、公務員の大リストラが始まったのだ。リストラ候補者が退職金の上乗せを条件に次々と辞職願を提出したが、ザローネは公務員の地位に執着し、ただ一人拒否した。リストラ責任者であったシローネ部長は、ザローネを辞職に追い込むため、僻地に転勤させたが、ザローネの固い決意は変わらなかった。部長は最終手段としてザローネに北極の研究センターに転勤を命じた。さすがのザローネも怯んだが、研究センターで一緒に働くことになった美人の環境学者のノービリに一目惚れし、俄然やる気になってしまった。

 ザローネとノービリは恋に落ちた。週末にノルウェイにあるノービリの自宅に招待されたザローネは、そこの住民達の「市民的な生活」を知り、自分の常識がズレていたことに気付いた。ノービリが研究のため世界中を駆け巡り、現地で恋仲となった男との間にできた連れ子がいることに驚かされながらも一時は公務員を辞め、ノービリと共にノルウェイで暮らすことも考えた。しかし日が昇らない長い冬を過ごし、ホームシックになってしまった。

 結局、ザローネはノービリ(とその連れ子達)を連れてイタリアに戻ったが、トラブル続きで順調とはいかなかった。ノービリから公務員という地位か自分のどちらかを選択しろと迫られ、ザローネは躊躇なく公務員であることを選んだ。

 ノービリが去ったザローネの元に吉報が舞い込んだ。元の職場への復帰が認められたのだ。ザローネの粘り勝ちだった。何事もなかったかのように元の生活に戻ったザローネだったが、日に日にノービリを失ったことを悔やむようになった。

 そんなザローネの元にノービリから電話があった。ザローネの子を身篭ったというのだ。ザローネは早速ノービリが向かったアフリカへ飛んだ。ザローネがそこでした決断とは。

感想・コメント

  コミカルな雰囲気でラッピングされているが、根底にあるのは強烈なシニシズムだ。しかし、観客の多くは制作側の真意に気づくことなく、「いい話だったね」と振り返るだろう。嫌味や説教臭さを感じさせず社会を皮肉る、風刺物、かくあるべしだ。

 公務員がお手盛りで自分たちを保護する制度を作り上げ、働かずに安楽に耽るなど言語道断だが、どの国も多かれ少なかれそういった傾向はあるものだ。我が国でも、身分保障は公務の中立性が権力によって歪められないようにするための制度であるのに、そのことを忘れている公務員が少なくないことは嘆かわしく思うところだが、この作品で描かれるイタリアの公務員像と比較すると断然マシに見える。それくらい堕落しきっている。

 視点を変えてザローネという人物を中心に観てみよう。公務員という職業に就くことこそが自分の人生だと決め付けていたがために、全くろくでもない人間になってしまっていたが、生来もっと豊かな人生を送る素質に恵まれていたのだと思う。そして公務員制度改革という荒波をもろに被り抗い続け、ふとそれを諦めた時に、本来の自分に気付いたのだ。

 公務員という職業に限らず、社会生活を営む人の大多数が、「今の生活」こそが守るべきものであると自分に擦り込み、楽しくもなく嬉しくもない毎日を送っている。ベストセラー「チーズはどこへ消えた?」に言わせれば、現状に安穏としていては素晴らしい人生を歩むチャンスを掴めないといったところだろうが、なかなかそう思い切れないものだ。それに、”本当の自分”を夢想しているだけの人生の方が意外に幸せなのかもしれない。

 フェリーニ等巨匠が去ったイタリア映画界はなんとなく元気がないように思っていたが、偏見に過ぎなかった。

 期待を裏切る良作。お勧めするが、DVD等が発売されていない他、動画サイトでもごく一部しかラインナップされておらず残念。

 

 最後までお付き合いいただきありがとうございました。 

 AmazonPrimeで鑑賞することができます!(本作品の配信情報は2020年9月15日時点のものです。配信が終了している、または見放題が終了している可能性がございますので、現在の配信状況についてはホームページもしくはアプリをご確認ください。)

 

余命宣告された僕たちは、海に向かって、ひたすら車を走らせた。 ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア

f:id:Ta-Basco:20200830204027j:plain

1997年 ドイツ

 

あらすじ

 ギャングのボスが経営するナイトクラブに呼び出された手下のヘンクとアブドゥルは、ボスからベンツを大ボスのところまで運転する任務を命じられた。ボスからは、何があっても車から目を離すなと厳命された2人は、どちらが運転するか揉めながら出発した。

f:id:Ta-Basco:20200831222445j:plain

 その頃、偶然同じ日に同じ病院で検査を受けていたマーティンとルディは、それぞれの主治医から余命僅かであると告知され、そのまま偶然同じ病室で入院することになった。常識人のルディは、病室でも平気で喫煙するマイペースな性格のマーティンに眉をひそめていた。しかし、お互い余命僅かであることが分かると、たちまち仲間意識が芽生えた。

f:id:Ta-Basco:20200831222503j:plain
f:id:Ta-Basco:20200831222512j:plain


 2人は病院の厨房に忍び込み、酒を酌み交わした。ルディがまだ海を見たことがないと打ち明けると、マーティンは「天国に行ったら皆んな海の話をするのに、見たことがないんじゃ除け者になる」と茶化した。そして、海を見るために病院を抜け出そうと言い出した。 

f:id:Ta-Basco:20200831222531j:plain

 その頃、運転が下手なアブドゥルが、道で不良少年を跳ねてしまった。ごねる少年に要求されるまま、渋々ベンツに乗せて病院へ行った。

 

 海に行くための足を病院で物色していたマーティン達は、駐車場でたまたま目に入ったヘンク達のベンツを拝借することにした。みすみすベンツを奪われたヘンク達はボスにこっぴどく叱られ、探してこいと怒鳴られた。

 

 病院を抜け出し、意気揚々とドライブしていたマーティン達だったが、いかんせん思いつきだったので、金を一銭も持ってきていなかった。余命僅かで開き直っていたマーティンは、近くにあった銀行に躊躇うこともなく押し入って大金を手に入れた。

 懐も温かくなり機嫌良く旅を進めるマーティンとルディだったが、突然マーティンに襲いかかる発作が、残された時間がほとんどないことを、2人に思い出させた。

 

 さらに道中何気なくベンツのトランクを開けた2人は、その中に100万マルクが入ったスーツケースを見つけた。それはヘンク達が大ボスに届けるために託された金だった。

 2人の旅はさらに豪勢になった。高級ホテルのスイートルームに泊まり、「やりたいことリスト」を作った。マーティンの1番の願い事は母親にプレスリーが乗っていたのと同じキャデラックを贈ること、そしてルディのそれは何と3Pをすることだった。その頃、通報を受けた警察が容疑者のマーティンの捜索を始めていた。ルディは直接悪事に加担していなかったこともあり、人質だと勘違いされていた。同じ頃、ギャングのボスも100万マルクを奪ったのはマーティンとルディであることを突き止め、独自に2人の捜索を始めていた。

 

 遂に警察とギャングに発見されてしまった2人は、カーチェイスの末に田舎道でギャングと警察に挟み撃ちになってしまった。絶対絶命だと観念したが、ギャングと警察との激しい銃撃戦が始まったため、運良く逃れることができた。

f:id:Ta-Basco:20200831222552j:plain

f:id:Ta-Basco:20200831222612j:plain

 そして2人はそれぞれの夢を叶え、最後に目的地である海にたどり着いた。そこは2人の人生の終着点でもあったのだった。

f:id:Ta-Basco:20200831222626j:plain

 

感想・コメント

 20世紀末のドイツの映画。製作された時期にはすでに東西統一されていたが、まだユーロ導入前(決済通貨としては導入されていた)で当時のドイツの通貨マルクが登場するのが懐かしい。制作された時系列を無視して例えれば、「最高の人生の見つけ方」、「ダーティー・メリー・クレイジー・ラリー」、「ガントレット」などのエッセンスをミックスした感じの作品だ(もっと近しい作品もあると思うが思いつかなかった)。

 あらすじでは書ききれなかったが、プロットがよく出来ていて、病院、中古車屋、ナイトクラブ、ホテルといったシーンを主人公の2人、ギャングの手下、警察が、行き違ったり鉢合わせたりで、90分という短い尺でテンポ良く進行していく。

 全体としては、主人公2人も端正な容姿で、コミカルだけどシリアスという、いわゆる「カッコいい」系の作品に仕上がっている。

 個人的に残念だったのは、ラストの海のシーンだ。台風が近づいているのではないかと思うくらいの強風と高波の海辺では、最期を迎えるのには相応しくないように思った。とはいえ、このシーンをどう評価するかは観客によって異なるところだろう。

f:id:Ta-Basco:20200831222643j:plain

 最後までお付き合いいただきありがとうございました。 

 DMMならレンタルできます。

 

俺たちはこの町で生まれ育って死ぬんだ。当たり前だろ?そんなこと ゴッド・タウン



f:id:Ta-Basco:20200823115036j:plain

 

2014年 アメリ

 

あらすじ

 ゴッドポケットという小さな町の住民達の殆どは、生涯、町の外の世界を知ることはない。そして皆んな小悪人で卑怯だ。

 ミッキーは、ジーニーと再婚するためにゴッツ・ポケットに引っ越してきたばかりだった。ジーニーには、レオンいう名の前夫との間にできた息子がいた。レオンはドラッグをやり、勤務先の工場では人種差別的な発言を繰り返す鼻つまみ者だった。

 ミッキーは冷蔵車で肉を運搬する仕事をしていた。仕事は肉屋のバードからもらっていた。そのバードはマフィアから多額の借金で首が回らない状態だった。

 ある日、レオンが勤務先の工場でいつものように黒人の同僚を罵っていると、その男に頭部を棒で撲打され、死んでしまった。その場に居合わせた工場の従業員は、レオンの自業自得だと同情することもなく、口裏を合わせ昇降機が激突して死んだことにすることにした。

 我が子を失ったジーニーは悲しみに暮れるが、義理の関係しかないミッキーは彼女と同じ気持ちにはなれなかった。それでもジーニーのためにも葬儀をしなければならないと考え、町の葬儀屋へ行ったが、予想外に大金が必要なことが分かり失意した。町のバーの常連客がカンパしてくれたが、まだ金は足りなかった。なんとか増やそうと競馬で賭けるが、外れて全て失ってしまった。

>f:id:Ta-Basco:20200823115218j:plain

 あせったミッキーは、葬儀屋には後払いで支払うからなんとか葬儀は予定どおり執り行って欲しいと頼みに行くが、逆に預かってもらっていたレオンの遺体を路上に放り捨てられてしまった。仕方なくレオンの遺体を自分の冷蔵車に乗せたまま、車を売却しようと中古車屋に行くが、中古車屋が試運転している間に事故を起こしてしまい、そのはずみでレオンの遺体はまたしても路上に放り出されてしまった。レオンがその事故の犠牲者だと勘違いして通行人が騒いでいるのを横目で見ながら、ミッキーはその場を立ち去るしかなかった。

 一方ジーニーは、レオンに死因に何か裏があると考えていた。レオンの死の記事を書くために取材に来た新聞社のコラムニストのリチャードに、真実を明らかにして欲しいと懇願した。そんなジーニーに対してリチャードは良からぬ欲情をもよおし、言葉巧みに誘い出すと彼女を口説き関係を持った。

 小さな町でリチャードとジーニーの不貞はすぐに噂になった。さらにそのリチャードがレオンの死について書いたコラムが、町に対して批判的だと住民達は色めきだった。そのような中で自分の正義を疑わないリチャードがバーに姿を現した。彼はたちまちバーにいた男達に連れ出され、路上で執拗に暴行を受けた。居合わせたミッキーは止めようとするが、「よそ者は口を出すな」と全く耳を貸してもらえなかった。

 男達が立ち去ると、そこにはボロ雑巾のようになったリチャードが横たわっていた。

感想・コメント

 アメリカ人というとフロンティアのイメージがあるが、実際には生まれ育った州(町)から全く出たことがない人も数多いらしい。隣町までの距離も日本とはスケールが違うから、そういった人は日本人よりも多いかもしれない。そんな国だから、この作品に出てくるような町は決して特殊ではなく、無数にあってもおかしくないだろう(ホラー映画によくある閉鎖的な町の設定も「あるある」ネタなのかもしれない)。

 ストーリーは、普段は喉元まで出かかっている排他主義が、レオンの死をきっかけに噴出するというもので、他所者が知ったような口を聞くと痛い目にあうという教訓なのだろう。広大な土地と大自然の中で、こじんまりと引きこもっているアメリカ人の実像を垣間見ることができる。


 最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 AmazonPrimeで鑑賞することができます!(本作品の配信情報は2020年8月23日時点のものです。配信が終了している、または見放題が終了している可能性がございますので、現在の配信状況についてはホームページもしくはアプリをご確認ください。)

霧の中を彷徨うような人生に、陽が差すことは……多分 ビューティフル・デイ



f:id:Ta-Basco:20200823093748j:plain

2017年 イギリス

 

あらすじ

 ジョーは売春婦として売られた少女の奪還屋だった。売春宿に単身乗り込み、護衛を殺害して奪還するという大胆な仕事ぶりだった。私生活では秘密主義を徹底し、年老いた母と二人で静かに孤独に生きていた。彼にはトラウマがあった。幼い頃父親に虐待されていたのだ。そのせいか、彼にはビニルを被って窒息感覚を味わうという自虐的な趣味があった。仕事の時に、凶器として金槌を使うのも父の影響かもしれなかった。

 ある日、州上院議員アルバート・ボットの依頼で10代の娘ニーナを奪還する仕事を引き受けた。いつものように周到に準備をし、高級売春宿からニーナを奪還した。そこまではいつもどおりだったが、そこから事態は妙な方向へ向かった。

f:id:Ta-Basco:20200823094252j:plain

 待ち合わせ場所に指定していたホテルに依頼主のボット議員は現れなかった。そしてテレビのニュースでは彼が飛び降り自殺をしたと報じていた。ドアがノックされ、市警の警官が乗り込んできた。ニーナは連れ去られ、ジョーは消されそうになった。負傷しながらも何とか逃げ切ったジョーだったが、仕事仲間は皆殺害されていた。自宅に戻ると母までもが亡き者にされていた。まだ家の中を物色していたスーツ姿の侵入者を急襲して口を割らせ、ニーナがウイリアム州知事の別宅に連れ去されたことを掴んだ。侵入者からジョーは意外な事実を知った。州知事には少女売春の趣味があるというのだ。

 ジョーは選挙事務所から帰宅する州知事の後を追うとそのまま山中にある別宅に乗り込んだ。しかしそこでジョーは意外な光景を目の当たりにした。州知事が喉を掻き切られ死んでいたのだ。呆然としながら、階下の食堂に行くと、そこには独り食事を摂っているニーナの姿があった。

 ニーナを連れて街に戻るが、二人に行く宛はなかった。立ち寄ったレストランで、いつしかジョーは銃で自殺する自分の姿を妄想していた。我にかえるとニーナが彼に微笑んだ「行こう。今日は天気がいいわよ」

f:id:Ta-Basco:20200823094329j:plain

感想・コメント

 ホアキン・フェニックス主演。リバー・フェニックスの弟でジョーカーの主演などをやっている超有名俳優だ。ところが、そんな予備知識なくこの作品を観ると、演技は渋いけど体型がだらしないという印象を受ける。彼は役にあわせて体型を変えているようなので、もう少しシュッとした感じでも良かったと思った。この辺は、監督の考え方に原因があるのだろう。

 作品自体は、ホアキンの演技力で成立しているが、ややジョーの人物像の描写が不足していると言わざるを得ない。過去のトラウマの呪縛から逃れられず苦しみ続けている彼の姿がこの映画の肝だと思うのだが、その苦悩が伝わるほど丁寧に描けていないのだ。また、ニーナというキャラクターについても感情移入するには情報が足りなかった。雰囲気はいいだけに、昔のビデオゲームのように人物像の掘り下げの浅さが目立つ、少し残念な作品だ。

 最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 AmazonPrime、dTVで鑑賞することができます!(本作品の配信情報は2020年8月23日時点のものです。配信が終了している、または見放題が終了している可能性がございますので、現在の配信状況についてはホームページもしくはアプリをご確認ください。)

dTV

 

幼い頃の一途な執念を思い出してみませんか? ピザ!

 

f:id:Ta-Basco:20200815155214j:plain

2015年 インド

 

あらすじ

 スラム街で暮らす幼い兄弟の話。彼らの父親は刑務所に入れられていて、家計は火の車だった。だから学校にも行かせてもらえず、生活費の足しにするため、毎日二人で線路上に落ちている石炭を集め買い取ってもらっていた。貧しかったけれど、兄弟は少年らしく明るく元気だった。

 ある日、スラム街のすぐ脇にあった空き地が閉鎖され、工事が始まった。何ができるのかスラムの住民たちはみんな興味津々だった。やがてそこに現れたのはピザ屋だった。オープニングセレモニーには国民的スターがゲストでやってきた。兄弟はスターが美味しそうに食べるのを見て、すっかりピザに魅了されてしまった。

 その日から二人はピザのことで頭がいっぱいだった。しかしピザはとても高く、スラムの住民にとっては高嶺の花だった。どうしても諦めきれない兄弟はお金を貯めることにした。来る日も来る日も(少しズルをしならがら)石炭を集め続け、ついにピザを買うためのお金を集めた。しかし兄弟の夢はピザ屋の警備員によって打ち砕かれた。貧しい身なりを見て追い返されてしまったのだ。

 それでも兄弟はくじけなかった。あの手この手でお金を稼ぎ、今度は金持ちの子供が着ている服を買った。そしてそれを着て意気揚々とピザ屋に向かった。しかし今度は店長に文字どおり「叩き」返されてしまった。この仕打ちには、さすがの兄弟も傷つき落ち込んだ。ピザのことも大嫌いになってしまった。

 しかし事態は思わぬ展開を見せた。スラムの子供がそのときの状況を面白半分で動画として記録していたのだが、その動画がひょんなことから国中に広がったのだ。ピザ屋は児童虐待のレッテルを貼られ、国中のメディアから激しく非難される厳しい立場に立たされた。そのピンチを切り抜けるために兄弟をピザ屋のゲストとして招待しようとするが……。

感想・コメント 
 インド映画は以前からレベルが高かったが、過剰なエンターテイメント的演出にやや辟易させられることがあった。しかしこの作品には、突然始まる歌やダンスシーンはなく、新時代のインド映画を感じさせる。プロットのリズムとバランスも良く、観ていて「?」と感じることがない点も評価できる。また、実際のスラムの衛生状態はかなり劣悪だと思うが、うまいアレンジで不快に感じるようなシーンが登場しない点も、作り手のバランス感覚の良さを感じる。

 作中、見様見真似でピザのような食べ物を作ってくれた祖母に対して、「こんなのピザじゃない」と何の躊躇いもなく彼女の好意を踏みにじるシーンがあるが、やはり子供が残酷なのは万国共通なのだなと、妙に感心してしまった。国や境遇は違えども、兄弟の姿に昔の自分を重ね、共感できるところがたくさんある。兄弟のお茶目な会話で締めくくるエンディングも良かった。少年の頃の目の輝きを思い出したい方にお薦め。

 

  最後までお付き合いいただきありがとうございました。 

 AmazonPrimeで鑑賞することができます!(本作品の配信情報は2020年7月12日時点のものです。配信が終了している、または見放題が終了している可能性がございますので、現在の配信状況についてはホームページもしくはアプリをご確認ください。)

 DVDレンタルなら、DMM.comがお勧め。最初なら無料で体験レンタルできます。

 

フランス人は洒落た人生を送っている?パルドン? ティエリー・トグルドーの憂鬱

f:id:Ta-Basco:20200810173759j:plain

2015年 フランス

 

あらすじ

 長年勤めた工場をリストラされたティエリー・トグルドーは、何もかもが嫌になっていた。職業訓練センターの勧めでクレーンの免許を取ったが再就職の役に立たなかった。採用面接の練習をしたがことごとく不採用になった。生活費を工面するために海辺のトレーラーハウスを売却しようとしたが足元を見られて値切られた。それでも妻子を養うために投げやりになるわけにはいかなかった。

 なんとかスーパーの監視員の仕事にありついたが、生活に困って万引きする客や不正をする店員を非難する気になれなかった。少しでも魔がさせば、自分だって彼らと同じ側になるような気がしてならなかったからだ。仕事とはいえ、少しの不正も見逃さずに客や店員を取り締まることへの疑問を拭えないトグルドーがとった行動とは。

感想・コメント どの国でも中高年にとって厳しい時代だ。似たようなモチーフの作品としては「私はダニエル・ブレイク」があるが、本作の主人公トグルドーの社会との向き合い方はもう少し控えめだ。

 

www.basco.tokyo

 

あらすじは短いが、リストラされた中高年の生活の虚しさがリアルに描かれた結果であり、決して中身がないというわけではない。「頑張って働いて真面目に生きてきたのに、なぜこのような罰を受けなければならないのか」そんな無念さが伝わってくる。彼の姿を見た若い世代の人々は「新しいことを学ぶ努力をしなかったからでは」、「プライドばかり高いからダメなんだ」などと批判するだろう。しかし、彼らもいつか歳をとり気付く日が来るだろう。努力やプライドとは関係なく、「老いた」だけで無価値だと扱われるようになってしまうことを。

 

 最後までお付き合いいただきありがとうございました。 

 AmazonPrimeで鑑賞することができます!(本作品の配信情報は2020年8月10日時点のものです。配信が終了している、または見放題が終了している可能性がございますので、現在の配信状況についてはホームページもしくはアプリをご確認ください。)

どうします?さらに犬のこと大好きになっちゃいますよ 僕のワンダフル・ジャーニー

f:id:Ta-Basco:20200810171242j:plain

2019年 アメリ

 

あらすじ

 「僕のワンダフルライフ」の続編。あらかじめ前作を鑑賞することをお勧めする(でないと、全く伝わらない。)。

 仲睦まじく老後を送るイーサンとハンナの元でベイリーは幸せな生活を送っていた。ハンナの娘のグロリアと彼女の長女のCJも一緒に住んでいた。グロリアは、CJを身篭っているときに夫を交通事故で失ってしまったため、身を寄せていたのだ。まだ若いグロリアはCJのために自分の歌手になりたいという夢を諦めることができなかった。それを咎めるハンナと衝突し、CJを連れて出ていってしまった。

 

 やがてベイリーは寿命を迎えた。死際にイーサンから「CJを守ってやってくれ」と言いつけられた。

 ベイリーは、モリーと名付けられた保護犬として生まれ変わった。ある日施設に中国人の少年トレントが犬を譲り受けにやってきた。モリーは彼の付き添いできていた少女がCJだと気づき、猛烈なアピールでCJに飼ってもらうことに成功した。小学生のCJは賢く頭も良かったが、自由奔放な生活を送るグロリアに放置され孤独だった。同級生のトレントとは親友だったが、成長するにつれて疎遠になった。やがて軽率にもタチの悪い男と付き合い始めたCJは、それが原因で事故を起こしてしまい、モリーは死んでしまった。

 ベイリーは、ガソリンスタンドの店主に飼われる大型犬として生まれ変わった。奇遇にも旅の途中のCJがそのガソリンスタンドに立ち寄るが、モリー(ベイリー)だと気づかれるはずもなく、かなわぬCJとの再会を夢見たまま、寿命を迎えた。

 そして次は、マックスと名付けられた小型の保護犬として生まれ変わった。公園で催されていた譲渡会の会場を通りかかったCJを見つけたマックス(ベイリー)は、またまた猛烈にアピールしCJに引き取ってもらうことに成功した。CJはバリーという男と同棲していたが幸せではなかった。歌手を目指していたが、自信がなく人前で歌うことができなかった。ある日マックスはCJの幼なじみのトレントを街角で発見した。マックスは、お互いに惹かれあっているのに勘付き、2人が同居できるよう一計を案じた。

 弁護士として成功していたトレントに悪夢が訪れた。癌に侵されていたのだ。闘病生活は長かったが、CJの献身的な看病によりトレントは癌を克服した。次はCJが頑張る番だった。ついにライブハウスで歌を披露したのだ。

 やがて2人は結婚した。トレントは弁護士として、CJは歌手として成功を収めた。

f:id:Ta-Basco:20200810171312j:plain

 時が過ぎ、ついにイーサンが天寿を全うした。そしてそれを追うようにマックスも息を引き取った。天国で元の姿に戻ったベイリーが草原を走り続けると、その先には大好きなイーサンが腕を広げて待っていた。 

感想・コメント

 前作に続き、誰でも肩肘張らずに鑑賞できるうえに感動すること請け合いの作品に仕上がっている。ベイリーにとってはイーサンこそが無二の主人だが、今作ではそのイーサンの言いつけで彼の義理の孫娘のCJの見守り役として活躍する。CJは才女だったが、父を事故で亡くした上に自分本意な母親に翻弄され、人生の歯車が狂ってしまう。そんなCJをベイリー(モリーだったりマックスだったりする)が、機知を働かせて支え続けて幸せに導く。犬が本当に飼い主のためにそこまで献身的に生きているわけがないと冷めた目で見る人もいるかもしれない。一緒に暮せばわかるが、犬という生き物は本当に飼い主に忠実で、自分の人生(犬生?)を飼い主に委ねているといっても過言ではない。だから、この作品に一抹のリアリティを感じてしまうのだ。

 さて、この作品、ベイリーが何度も転生するのだが、その回数おそらく7回。猫は9回というから、それよりは少ない。でも、イーサンの生涯に、7回も生まれたり死んだりとは、犬の寿命はつくづく短く儚いものだ。

 

 最後までお付き合いいただきありがとうございました。 

 AmazonPrime、dTVで鑑賞することができます!(本作品の配信情報は2020年8月10日時点のものです。配信が終了している、または見放題が終了している可能性がございますので、現在の配信状況についてはホームページもしくはアプリをご確認ください。)

dTV